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日記を書く




座付日記 - 長谷川孝治(弘前劇場・劇作家・演出家)



最新10日分を表示しています。

  2010.03.02 今回の
『夜のプラタナス』は所作をきちんと見せたい。毎日、時間が短縮されていく。


日常生活での様々な所作は、リズムとして身体に刻まれている。例えば、靴を履くときに左足からでなければならないという個人のリズムは変えようがない。舞台上でそこまでやるには、能役者の舞台上での常住性までとは言わないまでも、少なくとも意識的にはそうでなければならないだろう。そのこととリアルであることはまた別の問題だが。


9月の東京『F.+2』のキャスティングが進んでいる。中旬には候補者と会って台詞を言って貰う。


シナリオのことを考える時間が一日の中で比重を大きくしている。


  2010.03.01 3月には
かつて卒業式とか入試とか送別会とか儀式がたくさんあって、それなりのリズムがあったが、この頃は作品作りという別なリズムがある。なんというか、年度の最後までずっと続く。昨日、なごりの雪。もう最後にして欲しい。雪のない国に行きたい。


3月は北九州、札幌、東京、東京、青森、東京、香港と移動がたくさん。新年度を無事に迎えられるか。


  2010.02.27 夜のプラタナス
が稽古場で一応の完成をみる。青山・谷村両氏、青森滞在が10日間になり、疲労もたまっているだろうが、最後のふんばり。


今日から芦別映画の脚本に入る。するべきこと、見るべき事、考えるべき事が山ほどある。


ポール・セロー「大地中海旅行」再読。


  2010.02.22 日産
原稿用紙で20枚が現在の状況。50分。あと少し。『夜のプラタナス』を書きつつ、シャン・サを読む「天安門」に続いて「碁を打つ女」。今日はクリント・イーストウッドの伝記をネット注文。書評で読んだ監督のサンドラ・ブロックに対する言葉があまりに凄かったので。


行きつ戻りつ。稽古場の夜は更けていく。


  2010.02.16 青山・谷村
両優が今日から稽古場に入る。二人とも昨年の赤坂レッドシアター版『冬の入口』に参加した俳優。青山勝さんは劇団道学先生主宰で、かつて山田辰夫と一緒に『あの川に遠い窓』をやったことがある。谷村実紀さんとは初めてだが、ついこの前にフランス短期留学から帰ったばかりである。青山さんとは5つ、谷村さんとは25、小笠原とは16も違う。


今回の『夜のプラタナス』は山田辰夫を想定して最初に書かれた。そのことは青山さんも承知している。昨年、私と同じ年だった山田辰夫はあまりにも早く逝った。『津軽』の稽古に参加した村田雄浩が車で弘前へ行ったとき「死んで2ヶ月、長谷川さんとこうやって津軽にいると、ようやくタっつぁんが死んだって実感できる」とポツリと言った。


随分と喧嘩もした。というか、喧嘩のない稽古はなかった。青山さんもタケもずっとそれを見ていた。


タツが死んではじめて喧嘩モードに入っている。それは青山さんとか谷村さんと喧嘩するというのではなくて、予定調和ではない、物わかりが良くはない、誰にも妥協しない芝居を書くというささやかな決意である。


『夜のプラタナス』が終わったら、個人的にタツを弔うつもりだ。


  2010.02.15 スタンディングオベーション
とともに豊田一輪車クラブのダンスアレコが終了した。新しいジャンルを開拓できたのではないだろうか。一輪車と演劇の融合という点で。


裏方さんがバラしている間に、悪いが帰宅。頭の方向性を『夜のプラタナス』へ切り替えるべく努力する。年明けから『お日様の匂い』『三日月堂書店』『ダンスアレコ豊田』とやって、今年度最後の『夜のプラタナス』へ突入。気分は死者と生者の間やすき間にある。


シャンサという在フランスの中国人小説家を始めて知る。リシャール・ニコラスとの往復書簡。小説も読んでみたいが、なんというか文章のどこを切っても脈々と過去と謎のような未来が出てくる。一緒に読んでいるのが椎名誠のドハドハお酒・食べ物エッセイなのでその別物感覚が芝居書きには刺激的である。


札幌の土肥さんからFM出演のお誘い。有り難い。有り難いが札幌には美術館での大仕事のために行けない。なんとか録音でとお願いしている。


今日から籠もる。


  2010.02.12 なんと3回もリハーサルを行う
豊田は若い。高校生の圧倒的な体力を感じる。お陰様で夜はぐっすり。しかし、『夜のプラタナス』はかっこいい舞台装置を考えただけ。しかし、その家が建っているロケーションはいいはず。芝居に関連して溝口健二に静かに嫉妬している。いや、映画という物にか。


附属病院の講義の前に小盛り中華セット。なんのことかわからないかもしれないが、弘前中三地下名物。


散髪、ようやく最近は三週間我慢できるようになっている。


  2010.02.10 ダンスアレコ青森・豊田一輪車
の、稽古場型完成。約65分。一時の緩みもない65分。高校生たちの美事なアンサンブルと体力と集中力。革命、故郷、ジェラシー、諍い、デュエットという記号を実体化というか、現象化。知らずに胸にわき上がるものあり、それがなんであるのかは本番まで構成・脚本・演出の私も知らない。


今日が稽古場での最終稽古。明日プレスリハ、金曜にリハ、土曜の午前中にもリハーサルをやって夜に本番。土曜の席はまだ若干あるが、日曜のはソールドアウト。


相変わらず関川夏央。ランボーと中原中也も。来年度の事業で高校生と芝居を一本創るかも知れない。


『夜のプラタナス』波のやってくるのを待っている。


  2010.02.04 先発隊
は昨日出発、後発部隊は今日の最終便で東京へ。しかし、まだ冷える、というか凍る。毎年そうなのだが、この冬の底にいると「もうこれ以上は寒くならない」のだという現状肯定で春に向かう元気を出す。


  2010.02.03 ダンスアレコ6
豊田の木村組、今日あたりでラストシーンを固める。風邪、盲腸炎、その他色々なことがあるが、なんとかなんとか。


『夜のプラタナス』ド頭から推敲し直し、一年前の思考を追体験し360日の新たな体験を付与する。舞台セットはほぼ完璧に頭の中で出来上がっている。音響が少しく複雑になるだろうか、札幌公演中に東京の青山さんから激励の電話をいただく。2/16稽古開始。


来年度の美術館事業がほぼ固まる。日程をたてて貰うが、いやいやまだ余白がかなりある・・・という気がする。夜、赤坂レッドシアターの上谷さんから電話、『F+2』のキャスティングについての相談。「サーファーと女の子の戯曲上の位置に関して」。こちらは9月の9日から一週間。したがって8月末からは東京通い。


3つくらいの舞台が同時進行するくらいがちょうどいい塩梅。余計なことを考えなくなる。


北大路魯山人「春夏秋冬 料理王国」「君の好きな物は何か?」と尋ねられて「魚です」と答えるのは「坊や、どこへ行くの?」と尋ねられる子どもが「あっち」というに等しいという。成る程。料理に決してがたがた言わないが、そっち関係の本を読むのは好きだ。



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